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自分で家を建てる
1.「好きな家」で暮らしたい 2.夢が現実に! 3.Do It Yourself@ 〜家づくりは楽じゃない
4.Do it YourselfA〜家づくりは楽じゃない 5.木と珪藻土の家 6.今を生きる
プロフィール
chapter1 「好きな家」で暮らしたい
現在私たちが生活している家を建てることになった単純明快な「テーマ」だ。
それを実現するまでの道のりをお話しようと思う。
今となれば苦しかった体験やたくさんの人との出会いもイイ想い出となっていることだし・・・
何よりも、それまでの建築に対する考えから脱皮するキッカケを与えてくれたのだから。
不満だらけの仮住まいと決別

1998年

現在31歳の私は24歳の春に結婚した。
新婚生活を送った住まいは、知り合いから借りた築15年ほどの戸建だった。建売住宅がさかんに建ち始めた頃のものだろう。
間取りは1階に居間・キッチン・浴室・トイレ、急勾配の階段を上がると和室が2つに洋室が1つ(すべて6帖程度)、布団を1枚干せば手すりが落ちてしまうのではないかと思えるベランダ、駐車場は軽自動車ならギリギリ納まるぐらいの大きさで我が家の愛車のボンネットは3年間雨風にさらされることとなる。
人から借りておいて不満ばかりをならべるのは心苦しいが、そのことが私たちの家造りの「テーマ」の原点なので続けよう。
共働きの私たちが休日の大半を過ごすリビングは狭くて暗い「ダンランの場」だった。
なぜソノ場所にあるのか理解に苦しむ「掃きだし窓」、大きな道路に面しているために開けるとホコリまみれになってしまう「開かずの窓」。一目惚れして購入した円卓を置くと部屋の大部分を占領し、選択の余地もなく座り位置が決まってしまう。これがリビングというものなのか??
浴室はタイルがはがれ落ち、給湯器も故障中。
トイレはいまどき汲み取り式のボットン便所で、汲み取りの時に水を流さないとキレイにならない。何度か文句を言った記憶もある。
決して若い新婚夫婦が生活する住まいではなかった。
大家さんが私たちに言った言葉は「新しくするのは自由。でも実費でね」だった。私たちは即答した「必要ありません。」
自分たちの家じゃない、ただの仮住まいだと思っている家にお金をかける気はさらさらなかったのだ。
マンションを借りて住んでいても同じことだったと思う。自分たちの求める家に多少違いは出たのかもしれないが・・・。
「結婚して何年でいくら貯めて」なんていう堅実な計画はなかったと思う。主人にはあったのかも知れないが少なくとも「家計簿は1日で挫折・服を買うのが大好き・大型休暇には旅行に行きたい・お金は使ってなんぼ」という、金銭感覚に難ありの私にはなかった。
でも漠然と「自分たちの家」を建てるんだと思っていた。なぜかそれが近い将来現実のものになるのだと。
そのタイミングを待っている間、たまたま暮らす場所が今の仮住まいなのだ。
そして私たちに「マンション購入」の言葉はなかった。二人とも実家が戸建のせいか未だに分からないが、結局私は一度もエレベーターや階段を使いドアの鍵を開ける生活をすることはなかった。
ご近所とも仲良くなり、スーパーの売り場も把握し、行きつけの焼き鳥屋に行くのが楽しみになっていた頃「そろそろかなー」と突然思った。
仮住まいで2年ほど暮らした頃だった。
その頃、貯金がどれぐらいあるのかなんて知らなかったが、善は急げで主人に話してみると、独身時代からその時まで会社で続けていた財形住宅貯蓄が頭金になるぐらいは貯まっているというではないか!後に「財形住宅貯蓄」というものが融資を受けるのに「でかした!!」という結果になるのだが、その時はノウテンキに喜んでいた。
今思うと、「家造り」で一番問題となるのがお金である。コツコツと貯めていてくれた主人には感謝の一言であった。
何にせよ「GOサイン」が出たのだ。
とうとう「暗くて狭い仮住まい」とオサラバする時がやってきた。
2000年2月のことだった。

<不満だらけの仮住まい>
不満だらけの仮住まい
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迷える子羊

2000年2月〜4月

さて、「家を建てるぞー」という気合いは入ったものの当然「どうしよう・・・」と迷路に迷い込むこととなる。
どこで建てよう?どんな家にしよう?自分たちが求める「住まい」とは?
その頃、私はリフォーム会社で働いていた。ちょうど新築業務も展開していくところで、「一番最初の客にならないか?」と誘いがあった。
どういう家かは仕事上分かっていたので「自分たちの求めるものとは違う気がする」と断った。
その前には建売住宅メーカーで働いていた。その会社の物件を買うと割引してもらえる話もあった。
それも、誰に相談することもなく「けっこうです」と答えた。まったく心に響かなかったのだ。
建売といっても設備は充実しているし、世間で求められているものを取り入れていた。
毎日それらの図面を書いていたから間取りはほぼ頭に入っていたし、コンセントの位置すら分かっていた。
図面だけでなく現場にも行っていたので空間の在り方も分かっていて、進化したものだと感じていた。
ただ自分がその中で暮らす姿は描けなかっただけだった。
一応、住宅展示場にも行ってみた。若い二人が「フラー」っとヒマつぶしに来たぐらいにしか見えていなかったようで、私たちにまとわりつく営業の人はいなかった。
自分たちが求める「住まい」はココでは見つけられないと感じている時にある親子の会話が聞こえてきた。
「あの家いいなー」「いくらや?」「6000万円やって」「うん、いいな」
耳を疑った。私たちにその価値は理解できなかった。
もう疲れはててしまい帰ろうかと思った時に奥にある建物に気がついた。
何か違うと感じてその前まで行ってみると、「これぞ」という感じの『木の家』だった。
広い空間、木のあたたかさが心地よかった。ほぼヒノキで作られたその展示場は高価なものだったが、自分たちの求めるものが見えたような気がした。
そこからは、自分たちが心地よく感じる「家造り」をしている所がないかを調べる日々となった。
ある日、図書館へ行き家に関する情報誌を探していると1冊の雑誌のあるページで手がとまった。
『木と珪藻土の家』『ローコスト』『市民団体』の言葉が目に飛び込んできた。
事務所の場所が芦屋で大阪泉州に住んでいる私たちには少し遠いかもしれないが、希望の光が見えてきているのだ。
これは行ってみるしかないと、電話番号をメモし家に帰った。

スクールからのお知らせ
2004年12月15日、SDゼミ「再生・リフォームにかける」(全3回)を開講します。
今回はまちづくり再生・民家再生・ホテル再生と違った角度から再生作品を手がける建築家が、それぞれの手法や設計ポイントを語ります。
詳細は、SDコースのページへ。


Chapter2  夢が現実に!


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