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自分で家を建てる
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プロフィール
chapter2 夢が現実に!
夢の実現場所

2000年4月末

私たちは予約しておいた芦屋のhomeksjkへ向かった。
行くときの車中のことは憶えていない。おそらく緊張していたのだろう。
若い二人の夢物語を聞いてもらえるのだろうか?
1件の家の前にたどり着いた。どう見ても事務所というイメージではなかった。
玄関を開けると無垢材の床・柱・梁でつくられた空間が目の前に広がり、住宅展示場で味わった心地よさが蘇った。
「こんにちはー」と挨拶すると、父親ぐらいの年齢の気のいいオヤジ(一級建築士であり市民団体の代表)が迎えてくれ座談会が始まった。
『市民団体』ができた理由や『住まい』についていろいろな話をしながら穏やかな時間が流れた。
その中で私たちの心をわしづかみにした言葉が『箱の中に箱を作っているのが今の住宅だ』という彼の一言だった。
建物の躯体が箱、その中の部屋も箱ということだ。仮住まいがまさにそんな家で、そこから私たちは逃げ出したかった。
その言葉の本当の意味は後々分かることになるのだが・・・
私たちは「広くて明るい空間が欲しい」「予算はない」ということを伝え、座談会は終了した。
その日は連絡先すら聞かれずに「ここの住まいづくりに興味があればまた連絡してください」という見送りの言葉を聞き家路に着いた。



2000年5月末

再びhomeksjkへ向かっていた。
前回の座談会でもっと深い話をしていきたいと感じていたのだが、土地の問題が手付かずの状態だった。
土地と建物を一緒に販売しているような所で建てる気がないのだからどうにかしないといけない。
主人は埼玉県民で就職とともに大阪で暮らすこととなった。
会社は大阪市内だが通勤に便利な場所での土地購入は不可能だったので考える余地もなかった。
私は生まれも育ちも大阪泉州で、代々そこで暮らしてきたいわゆる地元の人間だ。
というわけで周りは親戚や知り合いだらけの環境で、昔はそれをおっくうに感じていた。
が、社会に出て大阪市内で働き何をするのもその周辺という日々が続くと、生活の拠点は地元が最適だと感じていた。homeksjkも土地探しは行っていたのだが、活動が神戸中心だったのでルートはあまり無いようだった。
そこで両親に頼み、知り合いの地主さんから少し安めで30坪の土地を購入する運びとなった。地元人間の強みである。
土地探しに苦労話はなく、「これで建物の話が進められる」とウカレ気分でhomeksjkに向かった。
今回は親も同伴した。やはり名の知れていない所で建てるということに不安があったらしい。
当事者の私たちはまったく気にしていなかったのだが、親世代はどうしてもブランド志向である。
帰る時には『木の家』に魅了されていたのだが・・・
また気のいいオヤジとの座談会が始まった。
もちろんテーマは『住まい』だが、今回は土地の問題がクリアになっているため少し具体的な話ができた。
土地の大きさから建物の大きさがわかるので大枠の見積りをとることになった。
私たちの主張すべきことは「予算はないが自分たちの求める家を建てたい」ということだった。
出し惜しみをしているわけではなく、あるのならドーンと出したいところだ。
しかし融資についても調べていたので自分たちの借り入れ金額は把握できていたのだ。
「親に少しくらい出してもらえばいいじゃないか」という考え方もあるのだろうが、私たちはそんなにカワイイ子供ではない。
「援助を受けないかわりに自分たちの好きにさせてくれ」これが私たちの考えだった。
どう考えても低予算で完全注文建築を建てるのは無謀な夢物語だ。
普通なら断られるだろうが気のいいオヤジは若い二人に希望を与えてくれたのだ。
「やってみよう」と。ある意味、冒険だったと思う。後にも先にも私たちほどの低予算の家は建てていないのだから・・・
この時点で「ここで我が家をつくろう」と気持ちがかたまった。
ここから、楽しくもありドタバタの住まいづくり珍道中が始まるのだ。
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想いを形に・・・

2000年7月〜9月

気のいいオヤジの「自分たちで考えたら設計料が安くなるぞ。やってみたら?」の一言で自分たちでプラン作成をすることになった。
今思えば、すでにここから「自分たちでつくる」というキーワードが始まっていたのだ。
まんまと口車にのせられてしまったのかもしれない。もともとはそんな事までするなんて考えていなかったのだから・・・
私たちの住まいづくりを共に進めてくれるHさん(建築士)を紹介された。
同年代の人で穏やかだが力強い空気の持ち主だ。
このHさんが後に私たちを過酷なDIYに導き、また私が大阪ガスインテリアデザインスクールのSDコースを受講するのに大きな影響を与える人物になるとはそのとき思いもしなかった。
まずは「どのように暮らしたいか。現在の1日の生活の流れ」を考えることからはじまった。
それをもとに自分たちで形にしてくるのが宿題となった。
その時点では、このことの重要さがまったく理解できていなかった。
「プランを考えてきます」なんて簡単に返事をし、その場にたまたま居合わせたhomeksjkで家を建てたオジサンとどんな家にしたのかなどをワイワイ話をし、帰るときにCADソフトを借りて家路についた。
主人はCADを触るのが気に入ったらしくとても楽しそうだったが、次回の打ち合わせで打ちのめされることとなるのだ。
二人で「あーだこーだ」と言いながら2・3パターンのプランができた。
「こんなもんやで」なんて、この中にどれかに決まるのだろうと自信ありげにhomeksjkに持参した。
さっそくプランを披露するとHさんから思いがけない言葉がかえってきた。
「これじゃあダメでしょう。この家で暮らしたいですか?」
あっけなく却下されたのだ。
私たちは完全に言われたことを忘れていた。「どのように暮らしたいか。自分たちの夢」がポッカリ抜けてしまっていた。大げさかもしれないが私はこの時愕然とした。
何年も建築会社で図面を書いてきて、設計というくくりの中で働いている自分に「まーできるだろう」と少なからず変な自信を持っていた。
プラン
プラン
その結果、空間があると壁を作ってしまったり、水廻りの大きさ、玄関や階段の位置なんかに気をとられてしまい自分たちの想いは遠くに追いやっていた。
Hさんの言葉を聞き、仮住まいでの生活で「暗さ・狭さ・窮屈間」に違和感を覚え、初めてhomeksjkに訪れたときに聞いた「箱の中に箱を作って楽しいのか?」の言葉に共感した自分が蘇ってきた。
私が建築に対して考え方を変えたいと思い始めたのはこの時からだった。
Hさんから救いの手がさしのべられた。
平日・休日の1日の生活の流れ(各個人)を書き出す。
仮住まいの間取りも書いて動きも考えながら、自分たちでもう一度考えてみる。
それをFAXしてHさんも考えてみてくれるということになった。
今回の「分かりました。やってきます」の言葉は決して軽いものではなくなっていた。
その日はドンヨリ落ち込んで帰路につくのかと思いきや、気のいいオヤジが空気を変えた。
仮住まいに存在する円卓。それがどういうものなのか分かってもらうために持って行った雑誌に『いろり』が載っていた。それを見て「いろりっていいですよねー」「何で作るといいんやろう」なんて話していると、気のいいオヤジが「いろりを作ろう」と言い出した。
その時はまさか本当に言っているとは思っておらず、少し楽しい話ができて気もまぎれた程度にしか思っていなかった。
私たちは言われたとおりに各個人の生活の流れを書き出してみた。
すると自分たちに必要な空間や日頃の無駄な動きが鮮明になってきた。
まず、二人家族でお互いに仕事をしている私たちには個室というものが不要なことに気がついた。
平日は朝食を食べ仕事に出かけ、夜帰ってきて夕食を食べお風呂に入って寝るだけだ。
寝室さえ確保すれば何の支障もない。
ただ起きてから家を出るまでに階段を昇り降りする回数が多すぎる。
なので、寝室と洗面・トイレは近接することに決めた。
また、物はすくないのだが服の量が多い。仮住まいでは1室を衣裳部屋にしそこで着替えをしていたので、寝室を大きくとって共有することにした。
休日は1日中出かけるかのんびりと家で過ごすかのどちらかだ。
のんびりするには広い空間と明るさが必要だと考え、2階全体をLDKにすることにした。
あとは靴も大量にある。玄関を広くして靴コーナーをもうけることにした。
私たちのプランは1階に大きな寝室と洗面・トイレ浴室、残りは玄関から広がる開放的な空間。
2階は間仕切りなしの大空間とした。
このプランを引っさげ、Hさんに勝負を挑みにhomeksjkに向かった。
どんな反応なのかドキドキ・ワクワクしながらプランを見せると「僕も考えました」とHさんのプランを見せてくれた。ほぼ同じプランで「お二人の生活に合っていると思います」と、合格を意味する言葉が返ってきた。
さすがに階段の位置や収納の考え方(オープンにするのか隠すものにするのか)はプロだなーと思わせた。
収納は必要なものだと思うが、そのために間仕切りを作ってしまうことを拒んだ。
天井がかなり高いのでそれを利用してロフトを作ることにした。
2階のデッキはその下が駐車場となるぐらいで無意味と思えるほどの大きなデッキとなった。(今では、夏は主人が日焼けに利用。大人数のBBQにも利用してます)
トイレと洗面所も間仕切りを作らず1室にすることにした。(始めは抵抗があったが、今ではとても快適です)
私たちの住まいの大枠はこんな感じで、ほぼ真四角の総2階建て、ほぼ間仕切りのない家に決定した。
イビツな形にしない、間仕切りを作らない事がコストダウンにもつながるのだ。
ちょっと楽しそうな家ではないか。これが現実のものになるのだと思うと、落ち込んだ日々も何度も芦屋に足を運んだ日々も報われる気がした。
後は内部の細かなプランがあるのだがまたそれは後ほど・・・
土地も正式に売買契約を交わし自分たち名義のものとなり、融資も何度も銀行に足を運び申し込みが受け付けられていた。
障害は何も無くなった。
homeksjkと正式に契約。
ようやく私たちの「好きな家」が形をあらわにしていくのだ。
この頃気のいいオヤジはひたすら『いろり』制作にとりかかっていた

Chapter1  「好きな家」で暮らしたい
Chapter3  Do It Yourself@〜家づくりは楽じゃない


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