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ロンドン建築学生ノート 初心者サラリーマンが、AAスクールで建築哲学を学ぶ

1.私の世界に、建築なんてなかった 2.Summer School 3.Driving your life  人生の舵をとれ!
4.AA is not a school AAは学校にあらず 5.I am what I produce 私がつくるものが、すなわち私そのものである 6.建築だけが、私のリアルだ<最終回>
著者のプロフィール
chapter1 私の世界に建築なんてなかった
「建築をやるのがずっと夢だったのですか」と沢山の人に訊かれた。
答えは、「いえ、全然。」だ。「ある夜、突然思いついたんです。」
私は37歳。現在、休学中だが、ロンドンの建築学校に席を置く学生だ。
学生になる前は、米多国籍企業の管理職だった。多くの国際的なプロジェクトに参加し、すばらしい上司、同僚、部下たちに恵まれて順風のキャリアだったと言えると思う。
夜更かしするとロクなことはひらめかない
それが何故いきなり建築なのか?これは不思議な成り行きなのだ。3年ほど前のある夜、「あ、建築か」と、まるで雷にでも打たれたようにひらめいてしまったのだ。退屈なので不動産でも買おうかなと思っていた矢先の「ビンゴ」である。
絵が上手な子供だったが、芸大に興味はなかった。科学の世界は美しかったが、実験室に閉じこもるタイプじゃなかった。国際企業のマネジメントの世界はエキサイティングだったが、もう学びたいことはあまり残っていなかった。「でも、建築というジャンルがあるじゃないか。なぜ今まで気がつかなかったんだ?」いきなり新しい「人生のネタ」が振って沸いたようで、深夜のマンションで小躍りした。
・・・しかしだ、普通だったら、年齢を考えて、「ま、もう遅いわな」と布団をかぶって寝るべきである。日本は、まだまだ再出発を許す社会ではない。不況だのリストラだので、殆どの人々は現状にしがみついて生きている。30台半ばのサラリーマンが建築だと?せいぜい、カーサブルータスでも定期購読して、新築のデザイナーズマンションにコルビュジエの椅子でも置いておけばよろしい。もしくは、うんとお金を貯めて、建築家に設計してもらった家をお家訪問系番組でフフンと得意げに披露したらいいではないか。

でも、私は何かに衝かれたように、その夜から全速力で行動を開始してしまった。人間は、自分の都合のいいように話をつくり上げるのが本当に上手いと思う。仕事の調査で訪れた、世界中の都市や住居がフラッシュバックする。自分の本棚の隅に、とある現代建築家の作品集があるのを再発見する。そういえば10年以上も前サンフランシスコに住んでいた頃、何故か気になってその建築家のレクチャーを聞きにダウンタウンまで車を飛ばしたのだっけ。建築は、私の人生に注意深く仕込まれた伏線だったのではないかと勝手に思い込んでしまったのだ。
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リサーチは朝飯前
企業が新しい事業に参入する場合、市場調査はつきものだ。これと同じように、私はその夜からリサーチに明け暮れた。建築家と呼ばれる人々について。業界で成功している人のケーススタディ。一般的な「建築家」への道筋。教育機関。雑誌の類。資格システム。求職状況。異業種の世界を覗くのはなかなか楽しいものだ。インターネットは、とりあえず必要な情報のほとんどを提供してくれた。本が必要なら、中央図書館の蔵書検索をして、電話をかけておけば取り置いてもらえる。また、購入する気であれば、ネット上の書店で洋書を含め、いとも簡単に手に入る。アメリカの建築系大学のホームページでは、学生向けの「読んでおくべき本」のリストや、建築学科の学生に適切なノートパソコンの機種一覧というのまで見つかる。そういえば昔、IBMのテレビコマーシャルで、アイルランドの田舎に住む老人が、ネットで勉強しながら博士論文を書くというストーリーがあった。これはもう全く夢物語ではない。すばらしい世の中になったものだ。
ネット上で友達だって得られる。建築を見て回るグループを見つけて仲間に入ったが、そこで出会った様々なバックグラウンドの友人たちは今も替え難い存在だ。
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週一回の教室と寄道建築見学
大阪ガスインテリアデザインスクール SDコース 課題作品
大阪ガスインテリアデザインスクール
SDコース 課題作品
そして、ある時、ネットで大阪ガスインテリアデザインスクールの存在を発見し、なんとなく気になったので電話してみることにした。「建築勉強してみたいんですけど、別に今資格が欲しいとか転職したいとかじゃなくて」という、私の訳のわからない問い合わせに、担当の方はとても丁寧に答えてくださった。で、SDコースというのがあるというので、説明会に出かけ、受講することにした。建築の周辺の概論をさっくりと聞けそうだったからだ。水曜の夕方は絶対会議を入れないように、カレンダーをブロックし、ノー残業デーをチームに公言した。子供を持つ社員たちは、時間をやりくりして夕方早くに保育園に「お迎え」にいくではないか。私が週に一回必ず6時にオフィスを出ることにしたからといって、誰も文句を言うわけはない。要は自らのタイムマネジメントだ。
そして、スクールは、私の週一回の楽しみとなった。
長瀬先生の最初の演習で、『空間を作る』という作業を生まれて始めてやりながら、面白くて鳥肌が立った。それは、絵を描くのとも、彫刻するのとも、日曜大工で家具を作るのとも違う感覚だったのだ。建築は線を描く仕事だと(だからつまらなそうだと)長いこと信じていた私は目からウロコが落ちた。なるほど、「スペースデザイン」という訳だ。
柏木先生の講義はユーモアに溢れ、かつ刺激的な内容だった。そうか、デザインにはお話(ストーリー)が下敷きとしてあるべきなのだと、これもまた目からウロコが落ちた。このように、シロートの私(建築業界の人々は、何故か「一般のヒト」という言い方をする)にもかなり楽しい内容だったのだが、面白いのはこのコースが本来、建築業界の人を対象にデザインされているということだった。裏返して言うと、ここでの教育内容は、通常の大学教育ではカバーされない内容だということなのだ。
「大学なんか、何も教えてくれない」と、何人に聞かされただろう?


建築は絵や彫刻と違って展覧会などで実物がやってくることはない。だから仕事で旅をするたびに、その土地の建築物を見て回る習慣がついた。数時間時間が出来たら、ひょいとタクシーや電車に乗って出かけるのである。ガイドの類の本は日本語、英語を問わず簡単に見つかるし、帰国したら近代建築史の本を読んでおさらいしたらいい。会議や調査の合間に都市の空間の記憶を心の中に畳み込んで行く。建築を通じて都市を見ると、世界はなんと豊かに見えるのだろう!

スクールからのお知らせ・・・ 2005年6月15日開講のSDゼミ「建築の発想とプレゼンテーション手法」(全4回)で長瀬先生と柏木先生の講義を体験することができます。詳しくはSDコースのページ
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ベッドフォードスクエア、ロンドン
ある時、ロンドンの会議から帰国する日に、半日時間が出来た。コベントガーデンの定宿でタイムアウト誌(ロンドン版「ぴあ」のようなもの)を見ていると、偶然AAスクールでプロジェクトレビュー展を見つけた。タイムアウト誌は、「アート」のセクションに「建築とデザイン」という見出しまであり、ロンドンの文化的成熟度をうかがわせている。調べると目と鼻の距離なので、散歩がてら出かけることにした。
この時、まさか自分が一年後にここで勉強することになるとは思ってもいないのだが、不思議なことに「ここが自分の正しい居場所だ」というおかしな妄想に駆られる。だいたい、ダンサーが踊ったときの軌跡を辿ったドローイングだの、抽象的な模型だの、おかしなものがそこかしこに陳列してあって、シロウトには「なんだこりゃ」もいいところである。しかし、私はその「場」の空気に異常な居心地の良さを感じてしまう。それは、この有名な建築学校が、その名前にしては予想だにしないほど小さなスケールの建物に小ぢんまりと存在し、独特の親密な雰囲気を持っていたからなのだが。
そして、驚くべきことに、私はこの展覧会場で、古い同僚と再会する。かつて仕事でパートナーであった中国人の女性だが、異業種の私たちがアジアから遠く離れたロンドンの、しかもこの小さな学校の中で偶然再会するとは奇遇だ。お互い「どうしてこんなところにいるの」と狂喜して肩を抱き合った。聞くと、彼女の友人がこの学校に在学中だというので、その学生と一緒に昼食を取り、学校について色々な話を聞いた。


この頃、私は建築文化誌に連載されていた、海外の建築の教育機関についての連載記事を図書館から入手していた。結局、この後私はサマースクールを経由してここの学生になってしまうのだが、特に「留学」をはじめから目標としていたわけではない。酔狂だと知りながら建築の周辺をつつき回し、多くの偶然と縁が重なった結果、私はこのロンドンの小さな学校に引き寄せられていく。空を飛ぶのに、力強いエンジンは必ずしも必要ではない。体を軽くして羽を広げれば、あとは風を捕らえればいいのだ。
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