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ロンドン建築学生ノート 初心者サラリーマンが、AAスクールで建築哲学を学ぶ

1.私の世界に、建築なんてなかった 2.Summer School 3.Driving your life  人生の舵をとれ!
4.AA is not a school AAは学校にあらず 5.I am what I produce 私がつくるものが、すなわち私そのものである 6.建築だけが、私のリアルだ<最終回>
著者のプロフィール
chapter3 Dribe your life 人生の舵をとれ
後悔しないためには進むしかない

私は立ち止まらなかった。今進まないと、一生後悔しそうだったのだ。「あの時こうすればよかった」などと愚痴る、中年なんかになるのはまっぴらだ。可能性が見えているのに、自らそれを断つことなんてできない。そして、仕事で培われた実行力はこの酔狂なプロジェクトをどんどんと前へ進めてしまっていた。

  • ポートフォリオ作成
  • 提出書類(大学の卒業・成績証明書など)の準備および送付
  • 紹介状の依頼
  • 面接のスケジュールを学校の事務局と打ち合わせ

ポートフォリオと言っても、私の手許にあるのは大学の美術部の仲間達と年に一回定期的に行っていた美術展のための絵画や版画などが主で、これにSDコースの課題二点の模型を写真に撮って若干の説明を付け加えたものを加え、それからサマースクールでの作品を足した。どれも恐ろしいほどシロートなものだ(そもそも、ちゃんとしたデザインや美術の教育なんて、受けたことないのだ。)けれど無い袖は振れない訳で、それが私ですと言うしかない。でも、こんなにしょぼいもん持ってあの学校に乗り込む奴が居るのだろうか? 当然不安だ。
そして、私は応募書類にエイヤ〜と「三年次に編入希望」と書いた。別れ際にサマースクールの先生が「3年に応募するといいよ。それで入れたらとってもナ〜イス。2年でもいいけどね」と言った言葉を反芻した。頭にあったのは、日本の4年生大学の編入システムだ。必要であれば低学年の単位を取ったりしながらいけばいいんだなと、至極安易に考えていた。(そして、後にこれはとんでもない間違いだったと判明する。)書類には、志望動機はもちろん、旅行経験を書く欄まである。そういえば、何かの本で「世界を旅していない人は建築家になれない」とか言ってた人がいたっけ。仕事で訪れた都市の名を順に書き出して行った。8月末、サマースクールのチューター達が紹介状を学校に別送したと連絡があった。励ましの言葉が添えられていて、胸が熱くなる。

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インタビュー
9月、事務局の入学担当係から、面接の日時が指定されて来た。9月11日。学期開始ぎりぎりに滑り込んでくる学生が時々いると噂で聞いていたが、まさか本当にこんなことが可能とは思いもよらなかった。これがウワサの「AAはいい加減」というやつか。それでも、年によっては早く募集が打ち切られるというので、私はラッキーなのかもしれない。酔狂な人間に、偶然と運が後押しするのか、やはり事は前へ前へとズンズン進んでいくのだった。
そして、面接当日、仕事をやりくりして、私はまたロンドンにいた。強靭な意思をもって前に進む自分と、それに怯え切っている自分が依然喧嘩を続けている。午後からの面接の前に、腹ごしらえしようと、私は大英博物館のグレートコートの美しいガラスの屋根の下のミュージアムカフェに行った。大テーブルでコーヒーを飲んでいると、初老のカップルに話しかけられた。シカゴから来たという写真家夫妻で、しばらく他愛もない話をする。「実は今から学校に入るための面接なんだ」と事情を話すと、夫妻は「それはスバラシイね、是非がんばってやるべきだ」と激励してくれた。「ん〜、うまく言えないけども、何か分るのよ。あなたは、きっと大丈夫だって。自信をもって、行ってらっしゃい。」思いがけない言葉のプレゼントをもらい、私はお礼を言うと大英博物館から歩いて5分の校舎にズンズンと歩いていった。
3人の面接官との話はリラックスしたムードで、しばらく待たされた後、あっさりと入学許可が言い渡された。面接官が、「で、相談は入学学年なんだけど」と言った。「今からロンドンに越してくるわけだよね」「ハイ、そうです。」「そうか。うーん。僕たちは君に3年に来てくれても別にいいんだけど、3年はイロイロすごくたいへんなんだ。Part1の審査なんかもあるし。」で、今からロンドンに来るのなら、生活にも慣れないといけないし、いきなりはちょっと大変だよ。2年に入るのがいいと思うけどね」
「2年ですか。一年余分に学校にいなきゃいけないんですね。私、歳とってるし、困ったな。」と言うと、面接官は
「建築やるのに歳なんか関係あるかぁ。」と言ってハハと笑う。「ちなみに、言っておくけど、君のように建築のバックグラウンドがなくていきなり2年に入ることが既に凄く例外的なんだよ。君と一緒にサマースクールから応募してきた子たちも、ほとんどは1年からスタートさ。ロンドンに慣れながら、まずゆっくり2学年を楽しみなさい。」
編入が例外だって?AAを辞してホテルに帰りながら、喜んでいいのか、不安なのか、また大混乱に陥る。またひとつ、ドアが開いてしまったが、私には進む勇気はあるのか?


この後、日本を脱出して新学期の2日前にロンドンにたどり着くまでの過程は、あまりに辛かった為、書くのを躊躇われる。家族、友人、そして会社から受けてきた慈愛を再確認して感謝する日々だった。止めなかった父。「君が戻ってくる可能性に賭けるよ」と休職処分を申し出てくれた会社の上司達。私を育て、見守ってくれた人々の愛を離脱して新しい土地にやってくるために必要だったエネルギーは膨大で、自分のどこにそんな力があったのかと不思議で仕方がない。
はっきり言うと、こんなぎりぎりの綱渡りは絶対誰にもおすすめできない。私は新学期開始の2日前に、スーツケースひとつ引っ張ってやって来て、ネットで見つけたハムステッドの学生寮にたどり着いた。九月下旬のロンドンは既に秋の気配が濃厚で、中庭の木々が色づき始めていた。それから2週間して、同居人を探していたAAの5年生の学生と出会い、ようやく腰を落ち着けたのである。
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キビシイ住宅事情とお金持ちの話
住宅事情
ロンドン、オールドストリートのフラット内部
建築学生同士で住む理由のひとつは、散らかり方が半端ではないので他学部の学生の理解が得がたい事。講評会前は足の踏み場もなくなる。
ロンドンの住宅事情は、かなり厳しい。ヨーロッパ中やアラブ、インドの金持ちが投機目的に不動産を持っていたりして、土地の値段は天井知らずという感じだ。ポンド高というのもあり、ちょいとマシな住居を探そうと思うと、東京の相場をはるかに越える。いわゆるワンルーム的な住居は殆どなく、学生や若いサラリーマンたちは、複数のベッドルームがある物件を共有して住むことが多いのだ。私が5年生と住んでいたのは、市内中心部の地下鉄の駅から徒歩5分程の築70年くらいの元公営アパートだが、2LDKで家賃は光熱費別で20万円ほど(つまり一人10万円)。もちろん、街の中心部からの距離や、広さなどで値段は大きく変わる。驚くのが、かなりのAAの学生たちが非常に裕福な家庭の子女で、なかなか瀟洒な住居に暮らしていたことだ。日本の社会はかなり平坦だが、欧米やアジアのお金持ち階級はスゴイ。そんなこともあってか、「AAはオツムの弱い金持ちが行く学校だ」という地元学生達の口の悪い噂も存在するようだが、それでもAAには目を見張るような才能も存在する。そして、カネもコネも実力のうち。ある意味、AAの不平等さは現実社会の精緻なシミュレーションでもあり、社会人経験者には苦笑しながらも妙に納得してしまう場面も多いのだ。
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身銭を切って勉強する喜びとプレッシャー
学費は、授業料だけで一年に約200万円。これに書籍代、材料費、旅行費用がかかる。それに生活費を乗せると、年間350万円から400万円が必要になる。社会で働いた経験のある人は、自分の労働の金銭的価値を思い知っているので、これがどれくらいの額なのか、体でわかっている。それにしても、人生半ばでこうやって学校に戻るのは、なんて素晴らしいんだろう。価値観は人によって様々だが、リゾートで遊ぶよりも、高級車を乗り回すよりも、マンションを買うよりも、学業にお金を遣うのは私にとっては最高に優雅で贅沢なチョイスだ。もちろん、その分プレッシャーだってすごい。レクチャーも聞き漏らしたくないし、図書館の本も全部読みたい。仕事をいったんしてからAAにやってくる人はみんな上手にAAを使いこなそうとする。そして、使いこなせば200万円は高くないというのが私の結論だ。
ただし、付け加えるとそれは「費用対効果」という意味ではまったくない。経営学修士などのビジネス系の学位は卒業すればかなりの確立で高収入につながり、学費はすぐに「元が取れる」ようだが、建築やデザインではそうはいかない。産業界に「求められる」人材になるために学ぶのか、自らの道を「求める」ために学ぶのか。その違いではないかと思うのだが。
そして、やはり避けて通れないのが語学力の問題だ。私は英語環境で仕事をしていたので、基本的に英語で仕事の用は足せる状況だったが(TOEICで920点程度)、それでも学校ではかなり大変だった。収録語数が最高レベルの電子辞書を常に持ち歩き、それを毎日20回くらい使わないと建築や美術評論や哲学、構造などの専門書を読みこなせないのだ。日本でも建築の周辺には、不必要とも思えるほどの難解な言い回しが多用される傾向があるが、それは西洋でも変わらない(権力、知力、財力を持ったクライアントを説得するには、これら「インテリの香りのトッピング」はやはり必要なのだ!)。そして何よりも大事なのが、自分のユニットのチューターとの意思疎通だ。これができないと、学費を溝に捨てるようなことになってしまう。厳しいようだが、英語だけは入念に準備してから入学したほうがいい。
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chapter4 AA is not a school AAは学校にあらず




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