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ロンドン建築学生ノート 初心者サラリーマンが、AAスクールで建築哲学を学ぶ

1.私の世界に、建築なんてなかった 2.Summer School 3.Driving your life  人生の舵をとれ!
4.AA is not a school AAは学校にあらず 5.I am what I produce 私がつくるものが、すなわち私そのものである 6.建築だけが、私のリアルだ<最終回>
著者のプロフィール
Chapter4 AA is not a school  AAは学校にあら非ず
運命の分かれ道のユニット分け

新学期、何といっても大変なのがユニット分けだ。AAの良いところは、ユニットの多彩さにあると言っても過言ではない。そのスペクトラムの豊かさがそのまま学校の豊かさなのだが、学生はその中のひとつに所属して一年を通じて作品を作り続けるわけなので、このユニット選びはかなりのストレスだ。学年の初めに、各ユニットマスター達が一年のプロジェクトの概要や抱負をプレゼンテーションし、学生がそれをもとに希望を出す。教官は学生を面接し、ポートフォリオをレビューして「弟子入り」を認められれば決まり。評判のよいユニットは当然競争率も高く、優秀な学生が残る。だから学生も教官も、このユニット分けのプロセスには神経とエネルギーを使ってへとへとになる。
私はユニット紹介のプレゼンテーションを聞いた後、悩みに悩んだ。当然である。プロジェクトが面白そうとか、ユニットのチューターがいい人らしいとか、自分の感想やらゴシップやらが入り乱れて大変なことだ。それでも、最終的には話してみて「ピンと来た」チューターのところを選んだ。私は第一志望のユニットにすんなりと決まったが、学生によっては第一希望、第二希望のユニットにも入れないことがあったりして中々大変である。実力のみならず、ネットワークも運も大切な要素で、ここらへんからAAの厳しさがジワジワと迫ってくるのだ。

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教えてもらうことだけが学ぶことにあらず
そして本格的にプログラムの開始だ。本当にまいったのは、編入者だからといって特別なサポートは皆無ということだ。要は、他の2年生にいきなり伍していきなさいということだ。もちろん、そのためにポートフォリオの審査と面接があったわけだが、私は他の建築や美術の学校から転入したんじゃない。ただのサラリーマンだったんだ。製図もグラフィックも全くわからない。CADなんてとんでもない。だいたい、「授業」というのは週に一回の「一般科目(建築理論&歴史)」と「技術科目」の授業があるのみで、あとはひたすらユニットの先生についてブリーフ(指示書)に合わせて自分のプロジェクトを進めるだけなのだ。
「AAは学校に非ず。道場なり。」これに気づくまでに大して時間はかからなかった。わからないことは、自分で調べる。出来ないことは、自分でがんばる。必要な助けを調達するのも、そのための時間をやりくりするのも自分だ。いきなり冷たくて暗い水に放り込まれた(というか、自分で飛び込んだが)私は、バタバタしながら一つずつ覚えていくしかない。ユニットの先生の指導では、アイデアについて議論することに焦点がおかれ、「ではどうやってそれを作るか」は学生の力量に任される部分がほとんどだ。週に二回の指導では、「なぜそうなの」と訊かれて答えられず自分のアイデアの詰めの甘さに絶句したり、また逆に「これはこんな風にも解釈できるね」と意外な方向に展開したりしながら、定期的に開かれる講評会に向けてとにかく考えて作り続けるのだ。
「この学校は何も教えてくれない」とブツブツ言う新入生も始めは多いが、それらの声は脱落して学校を去る人と、覚悟を決めてがんばる人に分かれて次第に消えていく。そして、実際には「ハウツー」を教えないことこそが、このアバンギャルド建築学校の何よりの教育方法であるとも言えるかもしれない。試行錯誤と苦悩の地平にしか、斬新なアイデアと形態は浮かび上がってこないからだ。
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そして講評会
講評会
講評会
プロジェクトの節目節目に、講評会が開かれる。ユニットによってずいぶん違うようだが、大体1−2ヶ月に一回というところか。プロジェクトの過程を発表して、議論をし、フィードバックをもらう大切な機会だ。講評者は学内の他ユニットの教官たち、学外の建築家やエンジニア達が多いが、建築やデザイン雑誌のエディターやアーティストが顔を出したりと実に多彩だ。彼らの前で、自分の作品をプレゼンテーションする。寝てなくてフラフラの学生もいれば、緊張で朝から吐いてくる学生までいた。他の学生の華麗なグラフィックにため息をついていても仕方がない。限られた時間と体力の中で、優先順位を考えながら自分が考えたことをギリギリまで形にしていって、それを発表するしかないのだ!講評会では褒められればいいというものではなく、いかにプロジェクトを向上するためのフィードバックをもらえるかが鍵になる。完璧に出来ていなくても、自分の考えがきちんと話せれば、そこから良い議論につながることもあるのだ。
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やっぱり友達がいちばん
友達がいちばん
夕方のバーには人が集まって話したりビールを飲んだりする。建築談義にもゴシップにも花が咲く楽しい時間。
学生のほとんどが海外からの留学生というAAでは、新学期が始まってからしばらくすると新入生のホームシックが続出する。故郷を離れた新生活になじみながらAAという苛烈な道場の掟を学び、そこで戦えるようになるには結構時間がかかるのだ。そんなとき、やはり頼りになるのが友人で、お互いの家に行って課題をやったり、情報交換をしたりして励ましあった。同じ時期に入学した者同士は、やはり何かと気が合い、助け合うのだ。この学校は学生にあてがわれたスタジオや製図室というものはなく、家で制作をするのが基本で、学生たちは孤独とプレッシャーと戦いながら、自宅で昼夜を問わず手を動かしているか、何かを読むかしている。はっきりいって、この生活サイクルに入り込んでしまうと、特に海外で暮らしているとか留学しているとかという感覚はなくなり、ひたすら学校と自宅の往復だ。ロンドンという土地柄、芸術や音楽のイベントには事欠かないのだが、はっきりいってそんなものを観ている暇は学期中にはほとんど無い。好きなアーティストの公演を情報誌で見つけても、我慢我慢。どうせ講評会前に重なって泣く泣くチケットを手放すのが目に見えているからね!
私が冗談で、「こんなんなら、家賃も高い、東急ハンズもないロンドンにAAがあるが意味ナイヨ」と学校のバーでビールを飲みながらブツブツ言うと、日本オタクのアルゼンチン人N君が「そ〜ですね〜ユミサン!」と日本語で相槌を打ってくれた。
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建築アイドルと生き神様

AAには入れ替わり立ち代り有名建築家達がやってきて講演会が開かれる。注目の若手から大物までさまざまだが、混雑が予想される講演には、あらかじめ入場券が配られる。券を持っている人だけがレクチャールームで生の講演を見られるというわけだ。これに漏れると、中継の映像を食堂で見たり、後からビデオを観たりということになる。
人気建築家の入場券配布当日には朝から行列ができる。その列が長かったのが、なんと言ってもレム・コールハース(Rem Koolhaas)氏の整理券が配られた朝だった。配布予定時間の30分前には、もう狭い学校中行列の人々でごった返していた。廊下で座り込んで待っている学生の横を、「なんだ、これは、レム行列か?君ら、こんなことに時間を使うくらいなら、家に帰ってドローイングのひとつでもした方がタメになるぞ」などと厭味を言いながら通り過ぎる先生もいて笑えた。私も生レムが見たくて早起きして並んだ一人だ。前に「レムは私の建築アイドル(偶像)なんだ」と告白すると、私のチューター達は「アイドルだってぇ〜?」と爆笑していたが、本当だから仕方がない!
昨年度、一番感銘をうけたのは、Arupの構造設計家であるセシル・バルモント(Cecil Balmond)氏(の講演だ。この「レムやイトー(トヨオ)のエンジニア」である彼の話を聞こうと、学生のみならず教官たちまでAAのレクチャールームに詰めかけた。彼はシンプルな図解と説明で、最新の構造設計のケースをいとも簡単に聴衆の頭のなかに繰り広げてゆく。その発想の素晴らしさもさることながら、このスター・エンジニアの、他人に理解させるコミュニケーション力には本当に驚愕させられた。この人は今、私の「生き神様」である。

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