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ロンドン建築学生ノート 初心者サラリーマンが、AAスクールで建築哲学を学ぶ

1.私の世界に、建築なんてなかった 2.Summer School 3.Driving your life  人生の舵をとれ!
4.AA is not a school AAは学校にあらず 5.I am what I produce 私がつくるものが、すなわち私そのものである 6.建築だけが、私のリアルだ<最終回>
著者のプロフィール
chapter5 I am what I produce 私がつくるものが、すなわち私そのものなんだ
幸せは地位やお金じゃない

物質的に何不自由ないサラリーマンをしていたのが、いきなりロンドンの貧乏学生になって、「よく耐えられるね」とあちこちで言われたが、私の学生生活は幸福そのものだった。どれくらい幸せかというと、毎日バスで通学しながらニヤニヤと笑みがこぼれるくらいだ。または、心の中に大輪の牡丹がバーンと咲き乱れている感じといえばいいか。ロクなものは食べていないし、ロンドンの通りをベニヤ板を担いでスミマセンヨとよたよた歩いたり、確かにひどい生活といえばひどい生活だ。睡眠時間もずっと短くなった。でも学校に行けば美しいものが沢山あったから、いつも心は満たされていた。成果が模型やグラフィックとして目の前に物質としてリアルに立ち現れるのが、大企業の電子メールと電話会議のゲームに翻弄されていた自分には驚くほど幸せだったのだ。

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年間を通し続くプロジェクト
妙なバックグラウンドの日本人学生が珍しかったのか、私の考えつく変なアイデアが面白かったのか、ユニットのチューター達は、本当に我慢強く私を指導してくれた。「ドローイングって、どうするんですか?」という呆れたレベルの二年生を、よくメンバーに迎えてくれたと思う。もちろん、「ユミ、これは一体何なの?も〜、やり直し!」と言われて凹む事もかなりあったが、概ね私は機嫌よい学生だった。
ユニットのプロジェクトの通年テーマはホテルだ。このプロジェクトは最初にスーツケース、次にホテルの部屋、次にホテル全体と、どんどんズームアウトしながら進行するという、ユニークなプロセスを取っていた。旅が多い仕事のため数え切れない夜をホテルで過ごしてきたので、私は世の中の没個性的で退屈なホテルに心底うんざりしていた。だからこのプロジェクトはまさにうってつけだったのだ。描いたり造形したりという基本の技術を身につけながら、プロジェクトを進めるのは本当に骨が折れたが、結局それがスキルの習得への早道だったかもしれない。CADにしても、模型作りの技にしても、自分が表現したいものがある状況にあって初めて意味があるのだから。
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手で作るものの力
住宅事情
group work:paintings
2月に入って、私たちのユニットはしばらくグループでの作業を行った。学校の食堂で、ユニットの展覧会をやる企画が立ち上がったのだ。12月のラスベガスへのユニット旅行でのスタディから得たデータとアイデアから、A0サイズのキャンバス5枚にペインティングを施すことになった。ザハ・ハディドの事務所出身のユニットマスターらは、独特の技法を伝授すると云う。どんな絵かというのは、ザハの作品である香港の「ザ・ピーク」のペインティングを思い出してもらったらいい。
コンピューター上で作った図案をキャンバスのサイズに拡大して、それをカーボン紙で下塗りしたキャンバスに丁寧にトレースしていく。曲線も直線も、線という線は必ず定規を使って引いていくのだ。そして、写した図案にアクリル絵の具で着色していくのだが、これも、輪郭という輪郭を烏口に水で薄めた(またこの薄め具合が絶妙を要する)アクリル絵の具を含ませて定規を使って描いていかなくてはならない。そしてこれが、恐ろしく難しく、想像を絶する集中力を要するのだ。雲形定規に沿ってキャンバスのでこぼこした表面にソロソロと烏口を引く感触は、今でもリアルに思い出せる。定規を使って線を引き、アクリルで面を均一に塗っていくのだから、別に大判のプリントアウトと変わらないだろうにと皆でブツブツ言いながら始めた作業だが、進むうちにこの技法の効果の絶大さに驚いた。人の手と時間をかけたものは何故このように美しいのだろう?キャンバスの上に確かに存在する絵の具というマテリアルや、定規で生真面目に引かれた線に微かに見える揺らぎ。そのようなものが人の心を奪う要素となるのだろうか。印刷物とは明らかに違う存在感がある。
孤独な個人作業をしばし離れて、楽しい制作だった。展覧会では他の学年の先生からも「どうやって描いたの」と訊かれ、私は得意げに説明した。「線は烏口で、ぜーんぶ定規を使って引くんですよ!」
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公開講評会
3月の半ばに、恒例のオープン・ジュリーすなわち公開講評会が行われるという。校内の各ユニットが、学年の半ばでプロジェクトを学内外に発表する、いわば中間報告みたいなものだ。こともあろうことに、ユニットマスターは、私をこれのプレゼンターの一人に指名したのだ。ユニットは2年生と3年生の混成だから、当然3年生がやるものだと信じていた私はひどくオロオロした。「AAで一番お馬鹿なプロジェクトを目指す」と、お気楽2年生を決め込んでいた私の作品は、当然人様にお見せするようなレベルではない。それでも、せっかくのご指名なので、ありがたく(?)やらせていただくことにした。(実は、プレゼンテーションはサラリーマンだった頃にかなりトレーニングを受けているので、大嫌いだが特に不得意ではない。)私は3年生のC君の作品と、自分の作品についてしゃべることになった。C君が用意した流麗でアカデミックなスクリプトを舌をかまないように練習し、自分のプロジェクトはどうせ小難しいことを言っても仕方ないから単純な言葉で話すことにした。だって、かっこよくてわかんないより、かっこわるくてもわかる方が良くないか?
本番中、暗いレクチャールームの演台で観客の笑い声を耳にして、私はやはり非アカデミックな発表に失笑を買ったかとしょげかけたが、後で友人から観客は大喜びだったのだと聞いて気を取り直した。そして、沢山の学生や先生たちからコメントや提案をもらうことができたのが最大の収穫だった。
やっぱりかっこわるくても、わかってもらうことが大切だ。そして、批判を恐れず自分の作品を人の目にさらし続ける事が、自分と作品を鍛え上げるのだ。
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ファイナルプロジェクト、ファイナルジュリー
4月にイースターの春休みが空けると、6月の学期末まで学生たちはてんてこまいする。学年によっては、及第率が50%を割るAAの熾烈さは、やはりこの3ヶ月に集約できるといっても過言ではない。ホテルのプロジェクトも佳境に入ってきた。ロンドン市内にサイトが割り当てられ、いよいよホテル全体のデザインを仕上げていかなくてはならない。ただし、2年生に要求されるのは細部の図面ではなく、大まかな全体像と建物のハイライトの部分のデザインだ。
私のサイトはロンドン北部の丘陵地帯と決まったが、現地を歩いてみて自分がつくろうとしているもののスケールに恐れおののいた。もちろん現実のプロジェクトではないのだが、そんなに大きいものをデザインするのかと、圧倒される思いだ。AAに講演に来たスペインの建築家モネオ氏は、最新作のロサンジェルスの大聖堂を紹介した後で柔和な笑みを浮かべながら、
「やっぱりおおきいのはむつかしいですねぇ。みなさんも、ちいさいものからはじめるといいですねぇ」と言っていた。もっともである。でも、どんなに小さくてもホテルだ。犬小屋でも個人住宅でもない。ああ神様仏様、建築一年坊主の私がいきなりこんな大きいものをつくるなんて!
そして例に漏れず、私もどんどんプレッシャーに追い込まれて散々苦しんだ。迫りくる最終講評会、すなわちファイナルジュリーは、ユニットワークの締めくくりであり、学年末審査前に広いフィードバックをもらう最後のチャンスだ。10月からの8ヶ月あまりの成果が問われる。それは、何の言い訳もできない、自分の個人の制作活動の軌跡であり、また自分そのものなのだ。


ファイナルジュリー当日、次々と発表されるユニットメイトの作品の技と量に圧倒され、私はもう家に帰りたかった。胃がきゅうと収縮するのがわかる。でも、帰るわけにはいかない。私にはここにいる理由があるのだ。長い旅の末にやってきたこの学校で過ごした8ヶ月は、この作品のなかにある。
これが、私です。私が、丘の上につくろうとした時間と空間を見てください。
講評会終了後の夜更け、友達らとバーで飲んでいると、チューターの一人が夜更けに携帯メールを送ってきた。(文面は秘密である。それは私の心の宝箱にしっかりしまいこんであるからだ。)講評会での成功を祝福され、私は泣いた。なぜなら、この学年終了後、7月に日本に帰ることをもう決めてしまっていたからだ。
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