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ロンドン建築学生ノート 初心者サラリーマンが、AAスクールで建築哲学を学ぶ

1.私の世界に、建築なんてなかった 2.Summer School 3.Driving your life  人生の舵をとれ!
4.AA is not a school AAは学校にあらず 5.I am what I produce 私がつくるものが、すなわち私そのものである 6.建築だけが、私のリアルだ<最終回>
著者のプロフィール
chapter6 建築だけが私のリアルだ。

4月に、私は会社と夏に復職する約束をしていた。人員調整のため、この時期の決断が必要だったのだ。このままAAに残りたいという思いが強かったが、それを簡単に受け入れられないクールな考えが同時に存在した。結局、洋の東西を問わず、芸術系の仕事をやっていくには、a)長期にわたる親またはパトロンからの経済的援助、b)業界とのコネクション、c)極貧に耐えられる強靭な精神力と圧倒的な才能、のいずれかが必要である。これは絵でも建築でも音楽でもさして変わらないというのが今までのリサーチからの結論だ。AAに来て新たにわかったのは、

  1. AAのかなりの学生がaまたはbに該当する
  2. AAを卒業できた場合は、cをクリアする可能性がある

という二点だが、さて、現在の自分はどうだと考えたとき、現実は非常に厳しい。散々悩みぬいた後、私は非常にビジネスライクな結論に達した。会社に帰って自己資産のポートフォリオを立て直し、aに近づくべく経済的状況を整えることにしたのだ。そして、これにはひとつの重要な仮説が付随する。「私が本当にcをクリアする可能性があるなら、一旦日本に戻ろうとも、学び続けるための情熱とエネルギーを失わず、またロンドンに帰ってくるだろう。」
建築はとても難しい。だから私は自分を再びガラスのオフィスビルに幽閉して、自らの力をもう一度試そうというわけだ。これで建築を結局あきらめれば、それはそれでメデタイではないか?このエッセイの冒頭でも書いたが、その程度ならカーサブルータスかウォールペーパー誌を定期購読して、デザイナーズ・マンションでも買えばよろしい。


もちろん、ここには書ききれないほど多数の、その他の要因も存在した。当時の私のAAのスケッチブックには、残る場合と去る場合のよい点、悪い点が2ページ以上に渡りぎっしりと書き込まれている。これは、自分があらゆる可能性を検討したという記録であり、万が一何かの折に後悔しても、「このときはこれで正しい判断だった」と安心するためのお守りでもある。
そして決断がほぼ固まった夜、私はAAのバーで知人を捉まえては「お願い、私にオマエハ才能ナイカラ、トットト日本ニ帰ッチマエって言って」と頼んでいた。だれか一人くらい言ってくれるかと思ったが、やっぱり無理だった。他人の重大な決断に無責任に加担したいと思う人なんていないのだ。
会社は、ビジネスが好調で、安心して帰ってこいという旨のメッセージを送ってきていた。待っていてくれる上司に感謝しながら、夏に戻ると短いメールを書いて、泣いた。この日ばかりはさっさと布団をかぶって寝てしまった。

ファイナル・テーブルが運命の分かれ道
大阪ガスインテリアデザインスクール SDコース 課題作品
年度末のお祭りの様子
最終講評会から3週間、学年末の審査まではまた辛い道のりだった。頑張れば頑張る程、去り難くなるのを知っていたし、かといって中途半端な状態で休止するのは絶対嫌だった。毎日複雑な思いで手を動かし続けるしかない。
学年末の最終審査は、一年の成果を発表し、及第するための重要な日である。結果は「及第」「あと一息・9月にもう一回審査」「落第」「放校」の4種類に処分が分かれていて、この日しくじったために夏休みを台無しにしたり、一年余分に学校にいることになったりすることもありえるから、学生の緊張は最高だ。
最後の数日間、私は泣き言を言いながらパースを描いていた。夏に日本に戻る私には、「9月にもう一回」判定は落第と同等なのだ。しかし、ちょっと足を踏み外せば、だれにでもその可能性は十分にある。自らの決断ながらサラリーマン生活に帰らないといけないという辛さも追い討ちをかけ、すっかり気落ちしている私だったが、チューターたちは最後まで鼓舞し続けた。「君に今一番欠けてるのは自信!秋に来てから、こんなにたくさん出来ることが増えただろう?大丈夫、このまま描き続けること。不安に溺れちゃいけない。楽しみなさい!」しかしこな情けない状態なのは私だけではなく、この時期は体力も気力も限界に達した学生たちが青い顔をしてバーでコーヒーをすする光景が目立つ。
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へたくその発表でハッピーエンド
大阪ガスインテリアデザインスクール SDコース 課題作品
AAスクールの作品は、年間を通じてのひとつながりのプロジェクトだ。
年末に何十枚ものドローイングやグラフィック、模型をまとめて発表する。
審査結果は及第だった。ふ〜!やれやれ!面白いことに、学年末審査のテーブル上で、私の発表は今までにない下手くそさで、私は自分に蹴りを入れたい気持ちだった。ユニットマスターは、後で「君の今年で最悪のプレゼンテーション!!」と笑っていた。その通りだ。でも、後から考えると、最悪の発表で及第したのは、よかったかもしれない。なぜかというと、私は自分が「プレゼン上手で実力ナシ」だと密かに気にしていたからである。ちゃんと口で説明はできなかったけど、ドローイングが喋ってくれたわけだ!(ものは考えようだ。)
最終審査では、プレゼンテーションのあと学生は外で待たされ、審査員たちが合意に達したあと結果がすぐに言い渡される。私が審査室に戻ると、発表のときは無表情に話を聞いていた他ユニットの審査員が、相好をくずしている。「これがあなたの一年目の作品だと今聞いたのよ。とっても驚いたわ。あなたはきっと素晴らしいアーキテクトになる。絶対続けて勉強するのよ。」
私はこの言葉を信じて、日本に帰ってからも希望を失わず生きていけるだろうか。
その夜は、祝杯で酔っ払って、それでも眠れずに明け方までラジオを聴いていた。
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著者より
7月の終わり、私は電子メールと電話会議と海外出張の世界に舞い戻った。また退屈なホテルで仕事のメールのお守りをして過ごす夜が増え、月末には給料が正確に銀行口座に振り込まれる。当初の目的通り、私は自分を再びガラスの箱に幽閉して内なる力を試している。
今、これを書いているのはシカゴのホテルだ。米国出張の帰りに、都合をつけて立ち寄った。どうしても、私の建築アイドルの新作が見たかったのだ。レム・コールハースはイリノイ工大キャンパスのミースの建物につながる新しい学生センターを作った。彼の素材の扱いの斬新さと、人をからかうようなユーモアにあふれたデザインにニヤリとしながらも、私はヤラレタナと悔しい思いに浸っていた。そして、長い旅とビジネスの疲労から少し立ち直れたようだった。やはり建築だけが、私にリアルな世界を繋ぎとめてくれる。
人は、消費する側、作る側の、どちらかにしか分類されないと思う。建築について、私はまだ消費者側に回る気持ちはなさそうである。

私は、これが発表される頃、どこにいるのだろうか?人生のハンドルを握るのは自分自身である。


事務局より
長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。これで「ロンドン建築学生ノート」全6回を終了いたします。
留学する人が多い中、目的意識をはっきり持った彼女のレポートは、将来を考える人達に勇気と決断を与えたのではないでしょうか。
第2の人生をスタートさせるであろう、笹山さんの今後を暖かく見守ってください。もし彼女の近況がわかれば、機会をみて発表したいと思います。

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