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| アクロポリスの丘の上に建つパルテノン神殿、古代ギリシャの神殿や公共施設は、小高い処に建てられていたが、古代ローマはその逆で、フォロ・ロマーノ(ローマ公共広場)は、沼地を埋め込んだ低地に存在する(図1)。そのフォロ・ロマーノには、現在も市庁舎や集会所等多くの遺跡がそのままに残され、そこではアカンサスの柱頭や彫刻された大理石の破片を多く見ることが出来る(図2)。 |
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図1
フォロ・ロマーノの遺跡 |
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図2
フォロ・ロマーノの大理石破片
(egg-and-tongueの繰り型が見える) |
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| 「この大理石に彫られた紋様をよく覚えておくように。ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の中にも描かれているから。」と学生たちに言い、後日ミラノのサンタ・マリア・デレ・グラチェ教会の壁画を見に訪れたのである(図3-1,2)。 |
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図3-1
サンタ・マリア・デレ・グラチェ教会のレオナルド・ダ・ヴィンチ
「最後の晩餐」
(上部にegg-and-dartが描かれている) |
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図3-2
egg-and-dartの部分のみ拡大したもの |
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それはegg-and-tongue(又はegg-and-tooth)即ち「卵に舌」、又は「卵に歯」と呼ばれる、古代ギリシャの時代から続く繰り型紋様で、主に天井と壁の見切り等に使用されており、ゴシックやダ・ヴィンチのルネサンスの時代へと続くものである(図4)。ルネサンスの時代には、舌や歯が矢に変わったもの、即ちegg-and-dartも多く見られるようになったが、興味をひかれるのは、「最後の晩餐」のキリストの頭上、天井と小壁の境目に描かれているのは、ローマ時代のtongueではなくdartの方である、という事である(図5)。

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図4
ギリシャ時代から続くegg-and-tongue |
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図5
ルネサンス時代のegg-and-dart |
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その後もこの紋様は、バロック様式の殿堂ヴェルサイユ宮殿の内外に、ロココ様式、新古典主義の建物や家具に、イギリス・ジョージアン様式の時代の家具類に、同じく18世紀のミラノのオペラ劇場スカラ座の内部にも、19世紀のパリのオペラ・ガルニェ、通称オペラ座の建物にも多く使用されているのである。それは決して、このような著名な建築物ばかりではなく、ヨーロッパの名もなき建造物にもあちらこちらでお目にかかることが出来るのである。
この「卵に舌、矢」はその後海を越えてアメリカにも渡り、日本の文明開化、明治時代、戦前に建てられたヨーロッパ風の建物、即ち銀行や公共施設にも多く使用されることとなったのである。
紀元前から2500年以上20世紀まで続く、この「卵に舌、矢」はまさに永遠の紋様であり、シンボルであると言うことが出来るであろう。
ヨーロッパを訪れる機会があれば、名所旧蹟のみならず、街々でこの紋様を見付けて、その不思議な魅力を感じつつ、古代デザインへの夢を、是非馳せてもらいたいと思うものである。 |
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図3出典先:「Web
Museum, Paris」
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| 旅行者 |
(氏名)安永 一典
昭和10年生まれ。京都工芸繊維大学卒。
現在宝塚造形芸術大学教授。
大阪ガスインテリアデザインスクール講師(インテリアコーディネーター総合コース「インテリア史西洋」担当) |
| 旅行期間 |
2005年8月18日〜8月31日 |
| 訪れた所 |
フォロ・ロマーノ(イタリア,ローマ)他 |
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